この本の隣にあの本を置く

本と日々にまつわることをすきなように、すきなだけ

無垢でいてと願うのは、ひそやかな呪い - 『LILIUM ーリリウム 少女純潔歌劇ー』

少女と永遠の命は、相性がいい。
そのふたつを閉ざされた花園が包んでいるならなおさらのこと。

吸血種、花の名前をつけられた少女たち、サナトリウム、消えた友達……。
本棚に並んでいるいくつかの物語がそうだったように、ミュージカル『LILIUM』は、あらすじに散りばめられたことばを拾い集めるだけで、「ああ絶対好きだろうな」と思う作品だった。

吸血種が迎える繭期(人間でいう思春期)の少女たちが療養するサナトリウムで、シルベチカという少女が失踪する。サナトリウムの少女たちは、リリー以外彼女のことを覚えておらず…。

別々の人から薦められてもいながら、しばらく手に取らないでいたこの作品を観たのは、お友達がぽーんとDVDを送ってきたからだった。いつか観たいんですよね、とTwitterで呟いたら、翌日には手元にあった。

添えられていた「沼に突き落とすときは丁寧にエスコートする」ということばにふさわしく、『TRUMP~REVERSEバージョン~』と『LILIUM ーリリウム 少女純潔歌劇ー』、『LILIUM ーリリウム 少女純潔歌劇ー感謝祭』の、のちに大変行き届いているとわかる3本セットだった。

そんなこんなで『TRUMP』を観たのだけど、『LILIUM』を手に取るまで大分時間が空いてしまった。

いざ観ようと決めて、Twitterで呟きながら物語を追っていった。ここ数年じわじわ観劇する機会が増えていく都度に思うことだけれど、舞台の上から届けられるというのは、どこか鋭い祈りにも似たところがある。『LILIUM』は歌劇ということもあって、歌声や台詞を紡ぐ声は、ときどき薄く引き延ばされて鋭利な氷のようであったり、飴細工のような甘さを併せ持っていたりした。

観はじめたときから分かっていたのは、私は和田彩花さん演じるスノウがとてもすきだということだった。
あの、真実を望むリリーのまっすぐな視線からそっと目を逸らすかのように片頬を隠して垂れる髪型が、スノウという少女をあまりにもうつくしく表していて、何度も見とれた。ファルスとのダンスシーンは観ていてとても幸せだった。無理やりダンスを踊らされていたスノウがファルスから静かに逃れるの、すごくこう、なんていうかこれが性癖というものなのね……と震えてしまった。流した前髪の先で片目が隠れたスノウの顔が、とてもうつくしくて。

「いつもひとりぼっち」でいるスノウは孤高の存在として登場するのだけど、物語が進むにつれて、彼女が自分の信じたいもの・守りたいもののために「選択」していたことが明かされていく。揺れ動き惑いながらも、リリーへの《恐れを知らず無垢なままでいて》*1という自分の願いのためにそうしたのだ、というスノウの選択を思うと、胸が痛かった。

相手を変えることは望まないけれど、自分を抑えて選んだ願いの果てに、ああいう未来がくるかもしれないことはきっとどこかでわかっていて。それでいてリリーに「恐れを知らず無垢なまま」でいて欲しいと託すのは、いつか自分の選択を断罪してほしいような気持ちがあったのかもしれないと思った。そしてだからこそ、自分ではない誰かに「無垢でいて」と願うのは、純粋な祈りからの望みであっても、たぶん呪いなのだ。

TRUMP』もそうだけど、このシリーズにとって「ともだち」ということばはひどく残酷に作用する。ヴァンプという存在にさらに輪をかけて繭期という不安定さを重ねているからこそ、余計に。ちなみに、『TRUMP』ではウルが好きです。そういう星の下に生まれている。

TRUMP』のソフィも『LILIUM』リリーも純で無垢で、無垢ゆえにきっと「傲慢」で、だからこそ囚われてしまったんじゃないかと思う。
はじめ、リリーとファルスとの問答には、『TRUMP』を観ている身には、リリーが知らないゆえの傲慢さを持っているのでは……と思ってしまったけど、その後で彼女が迎えた未来がなんとも皮肉だし、何より運命的だった。ああいう運命を、観ている私はとても喜んでしまうのだった。

そして、『LILIUM』と『LILIUM ーリリウム 少女純潔歌劇ー感謝祭』を通して観ると、かつて純で無垢であったソフィが、過ごした時間の果てにかつての自分と鏡合わせのようになった存在に相対する……という構図が、なんともいえず業で、そしてこれからも続いていくだろう時間の先を思うと眩暈がしそうだった。たまんない。

ヴァンパイアものにどうしようもなくついてまわるテーマとして、永遠のいのちと人間の生との相克がある。このシリーズでも、ヴァンパイアは純血主義だし人間との混血であるダンピールは蔑まれている。
私も好きでいろいろと読んできたけれど、このシリーズは劇なので、小説を読むようにはいかない。この演劇だけを見ると、あくまで「そういうもの」として設定されていて、どうしてそうなのか明確に明かされない(もしくは決められてはいないのかもしれない)という点はけっこうある。その隠されていたりはっきりとは見えない部分が、この先のシリーズを見ていくとほんのり透けて見えることがあるんだろうな、と気になっている。このシリーズでヴァンパイアたちがどのように永遠のいのちと不老について捉えているのか、もうすこし詳細に知りたいなと思っている。

観てから一週間ほどは、作中の歌を聞きながら、ずっとあのサナトリウムの少女たちについて考えていた。この記事の下書きもその頃に書いたものだったのだけど、なかなか飲み下せないような気がして、きちんとことばにするのにかなり時間がかかってしまった。

あれから、配信で『SPECTER』を観た。ソフィに与えられた運命を思うと胸が痛くてしようがない……けれど、その先を観ているひとたちの反応から伺うに、もっといろいろが詰まった物語が待っているんだろうなあと思う。

ようやく自分の中での一区切りがついたので、まずは『LILIUM』のDVDを買うことにします。そのうち、できたら、舞台に追いつきたい。

 

 

 

*1:劇中歌「幻想幻惑イノセンス